石原慎太郎さんお別れの会
- 2022/06/09
- 11:23
石原慎太郎さんお別れの会。
私が初当選した時(平成17年=2005年)の東京都知事が石原さんだった。
初めて出席した都議会本会議で、石原知事は2016年東京オリンピック招致を打ち出し、私はそんな大きなことを自分の仕事にするのかと思ったのが最初の印象だった。
石原知事は、都議会でのレベルの低い質問に対して、露骨に見下した態度を取った。
私は東京都議会議員として7年間お付き合いしたが、そういう石原知事への質問はいつも怖かった。
石原知事からそうした態度を取られることのないよう、とにかく考えて考えて考え抜き、石原知事と遣り取りした。
そのうち何回かは、石原知事から手招きされ「今のレトリックは良かった」とか「質問の中で引用した本を俺に貸せ」などと、声を掛けてもらった。
知事と議会は(二元代表制の下で)対等な立場だが、人間としての存在感や風格は、比較するのもおこがましい程の差があった。
石原知事に親しみを感じたことはない。
石原知事ご自身も、そういうことに関心が無かっただろうと思う。
だが新米都議が初めて会った知事が石原慎太郎さんだったことは、政治家としての私を大いに鍛えた。
僥倖だった。
最初から最後まで石原知事は仰ぎ見る存在だった。

私が初当選した時(平成17年=2005年)の東京都知事が石原さんだった。
初めて出席した都議会本会議で、石原知事は2016年東京オリンピック招致を打ち出し、私はそんな大きなことを自分の仕事にするのかと思ったのが最初の印象だった。
石原知事は、都議会でのレベルの低い質問に対して、露骨に見下した態度を取った。
私は東京都議会議員として7年間お付き合いしたが、そういう石原知事への質問はいつも怖かった。
石原知事からそうした態度を取られることのないよう、とにかく考えて考えて考え抜き、石原知事と遣り取りした。
そのうち何回かは、石原知事から手招きされ「今のレトリックは良かった」とか「質問の中で引用した本を俺に貸せ」などと、声を掛けてもらった。
知事と議会は(二元代表制の下で)対等な立場だが、人間としての存在感や風格は、比較するのもおこがましい程の差があった。
石原知事に親しみを感じたことはない。
石原知事ご自身も、そういうことに関心が無かっただろうと思う。
だが新米都議が初めて会った知事が石原慎太郎さんだったことは、政治家としての私を大いに鍛えた。
僥倖だった。
最初から最後まで石原知事は仰ぎ見る存在だった。
